ZIPを展開したら、まず index.html を開きます。そこから topology.yaml のインポート、事前チェック、合否判定へ進みます。
月曜の朝、外線が鳴らない
新オフィス移転後、最初の営業日の 09:08。運用フロアの内線が鳴る。営業部の隣にある顧客接点窓口からだ。
「新オフィスへ移ってから、外線が使えません。お客様からの着信が鳴らなくて、こちらから発信すると先方は出るんですけど、こちらからは先方の声が聞こえないんです。先方には、こちらの声はちゃんと届いているそうです。内線は普通に通話できています。急ぎの案件は、いったん携帯転送で回しています。状況を見てもらえますか」
声は淡々としていて、責める色はない。ただ、今日の午前に動かす案件が止まっていて、こちらの返事を早めに欲しい気配がある。
受話器を置いたあなたの横で、瀬戸が同じメモを覗き込んでいる。研修中の新人、運用1チーム1年目だ。斜め向かいの席で、研修担当の氷室がマグを置いたところだ。
「内線は通話できてて、外線だけダメ、ってことは、外の回線がおかしいんですよね? 回線業者に連絡を入れちゃっていいんじゃないですか」と瀬戸が言う。
氷室の動きが止まる。


内線が通って外線が落ちている、を、回線の不具合、と読み替えない
「はぁ? なんでそうなるのよ」と氷室。「あんた、申告のどこに『回線が切れている』って書いてあるの。内線は普通に通話できている、外線着信は鳴らない、外線発信は呼が成立して先方は出るけど先方の声だけ聞こえない。それと『外の回線がおかしい』、別の話なんだけど」
「あ……でも、外と内で結果が違うんだから、外側の回線が——」と瀬戸。
「ちょっと、今の本気で言ってる?」氷室は赤ペンのキャップを音を立てて閉じる。「外線発信、呼は成立してるって書いてあるの読んだ? 先方が出てる、はつまり相手の電話まで信号は届いてる、ってこと。回線が落ちてたら、そもそも呼ばれないし、こちらの声も先方には届かないでしょ。なのに、こちらの声は届いている。回線そのものは生きてるのよ。信号は通ってる。声の片方だけが落ちてる。これを『回線の不具合』で片付けたら、なぜ信号は通って声だけ片側だけ落ちているのか、っていう一番効いている事実が、最初から消えるの」
瀬戸の肩が、少しだけ下がる。
「えっと……呼は成立した、先方が出た、こちらの声は先方に届いた、は事実。回線が切れた、は仮説。それも、今の事実と合わない仮説、ってことですか?」
「そう。観測した事実と、勝手な決めつけを混ぜない。混ぜたまま顧客接点窓口へ『回線障害です』って返したら、相手は『回線業者からの復旧待ち』で全部の段取りを組み直し始めるの。実際は携帯転送で回せているのに、別の代替を急がせる話に膨らむのよ」
「つまり、内線可・外線着信不可・外線発信片通話、は別々の欄に置いておいて、『回線がおかしい』とまとめてしまうのは、信号と音声がそれぞれどう通っているかを並べてから、ってことですか?」
「そう。それを次の観測へ降ろしなさい」
顧客接点窓口へ、先に短く返す
氷室の前にメモを出す前に、顧客接点窓口へは先に短く返しておく。長い説明を返す段階ではない。相手は、いま業務がどこまで止まっているか、すでに動かしている代替手段を続けていいか、復旧時刻の話をどこまで信じていいか、次にいつ連絡が来るかを知りたいだけだ。
「電話のシステム全体で何が起きてるか、ちゃんと書いてあげた方が、相手も納得しますよね?」と瀬戸。
「落ち着いて。仮説と観測を分けて言いなさい」と氷室。「顧客接点の人が、システムの中身を読んで判断できると思ってるわけ? 相手が判断に使えるのは、影響、いまどう業務を回しているか、復旧見込みがどこまで言えるか、次にいつ連絡が来るか。これだけよ。電話の中の構造まで触ったら、相手は読む量に対して何を待てばいいか分からなくなる」
「つまり、影響、すでに取られている暫定運用、復旧見込みの扱い、次回更新の四つだけ、ってことですか?」
「そう、それが今の観測で言える範囲よ」
顧客接点窓口は、すでに「急ぎ案件は携帯転送で回している」と言っている。これはこちらが許可した暫定運用ではなく、先方の現状として扱う。あなたが窓口へ返したのは、四行だけだ。
新オフィス移転後の IP 電話で、外線着信が鳴らない、外線発信はこちらから先方の声が聞こえない事象を確認しています。内線は通常通り使えています。すでにお進めいただいている携帯転送での運用を継続いただきつつ、復旧見込みは確認が進んだ時点で次回更新としてお伝えします。
復旧見込みの時刻は出していない。出せる根拠が、まだ手元の観測にはない。
氷室に渡す、初報補足の五つの欄
ここからが、あなたが今回まとめる主成果物だ。氷室は新人研修担当として運用1チームに常駐しているが、本職は設計課のシニアSE。今回の事象が外部のサービスとの境目まで届くかどうか、初動の整理を見てから、次に誰を動かすかを判断する受け手として座っている。顧客接点向けの文章の添削者ではない。


長い文章は要らない。紙の上で、欄を五つに分ける。
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利用者向け共有
顧客接点窓口へ返した内容と、復旧見込みは次回更新で扱う旨。急ぎ案件は携帯転送で回している、という先方の現状もここに残す。
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影響と現在の課題
新オフィス移転後の営業部 IP 電話で、外線着信が鳴らず、外線発信は呼が成立してこちらの声は先方に届くが、先方の声がこちらに届かない。内線同士は問題なく通話できている。営業部側は携帯転送で暫定運用中。優先したい課題は、信号は通っているのに音声だけ片側に偏っている分かれ方を、どこで作っているかを言える材料を、観測で取りに行くこと。
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ここまでの観測
- 内線 201 と内線 305 を相互発着信した試験では、どちら向きでも接続と双方向の音声が成立している。
- 営業部の IP 電話から外線へ発信すると、呼自体は成立して先方が出る。ただし音声は、こちらの声は先方に届くが、先方の声がこちらに届いていない。
- 同じ電話機の登録状態を確認すると、外部の電話サービスへの登録は成功している。電話機自体は、サービス側から見える状態に置かれている。
- 境界ルータから外部の電話サービス宛の到達確認を投げると、すべて応答が返る。基本的な到達自体は成り立っている。
- 内線は通って、外線は信号は通って、ただし音声は片側だけ届かない。この三つの並びが、いま手元にあるいちばん効いている材料。
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次に確認すること
通話の信号と音声が、それぞれどちらの向きで成立しているかを、内側と外側の両方から照合する。信号は呼が成立した時点で双方向に動いているが、音声は内から外へ出る向きだけ成立して、外から内に届く向きが成立していない。同じ電話機の同じ通話の中で、信号は両向き通り、音声は片向きだけ落ちている。この分かれ方を作っている場所が、内側と外側のどこに残っているかを並べる必要がある。具体的な確認手段は、信号と音声の両方の状態を、内側と外側のそれぞれで一度ずつ読み取ってから、次の判断に進める。
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判断が必要な条件
- 信号と音声の通り方に差を作っている場所が見えた場合、変更条件と切り戻し条件を整えてから次の検証へ進めるかを氷室と相談する。
- 影響が拠点全体の電話利用や、外部の電話サービス側の問題へ広がる気配が出た場合は、部門責任者へ上げ、外部サービス窓口への問い合わせ判断もそこで出す。
- 復旧見込みは、信号と音声の通り方の差が見えた時点で、顧客接点窓口へ更新する。
「『回線業者へ連絡』って書いた方が、氷室さん的に親切じゃないですか?」と瀬戸がメモを覗き込む。
「書きたくなるのは分かる」と氷室。「だけど、回線が落ちてるなら呼自体が成立しないって、さっき確かめた話を、もう手放してるの。観測が支持していない名前を欄に入れると、その名前で後の判断が引っ張られる。外部サービスへの問い合わせ判断は、信号と音声の通り方を内側と外側の両方で並べてから、判断が必要な条件の欄に入れて」
書いていないことのほうから確認する
五つの欄を、書いてあるものではなく、書いていないもののほうから見直す。氷室に渡す前のチェックだ。
書いていないこと、ひとつ。原因の名前。なぜ信号は両向き通って、音声だけ片側に偏っているのか。それを起こしうる仕組みは、内側と外側のそれぞれで信号と音声がどう扱われているかを並べてからでないと、いまの材料だけでは絞れない。
書いていないこと、ふたつ。修正の手順。どこを変えるか、戻すならどう戻すか、どこで確認するかは、信号と音声の通り方の差がどこから出ているかが見えてからの話だ。順番を入れ替えると、検証材料が手元に残らない。
書いていないこと、みっつ。復旧見込みの時刻。「何時までに直します」を書いていない。信号と音声の通り方の差が見えていない段階で時刻を約束すると、その時刻に何も言えなかった場合、顧客接点窓口にもう一度訂正の連絡を入れることになる。
書いていないこと、よっつ。「電話機が外部サービスに登録できているから、外側は無事」と一気に読み替える言い切り。登録は成功している、は『ここまでの観測』に置いていい事実だ。ただし、それを「外側の通信は全部成り立っている」のような原因方向の言い切りへ昇格させる根拠は、手元の観測にはない。登録は信号の話のさらに前段で、音声がどう運ばれるかとは別の通信の話だ。
次の確認は、信号と音声の通り方を、内側と外側の両方で並べることから
ここまで来ると、初報補足の整理としてはひとまず形になる。顧客接点窓口へは先に短く返し、氷室には次の動きを決める五つの欄を渡せる状態だ。
残っているのは、「信号は通っているのに、音声だけ片側だけ落ちている」を、内側と外側のそれぞれで並べるところだ。
「もう全部の電話機を再起動しちゃえば、いったん直るかもしれないですよ。直らなかったら、外側を見にいく、で」と瀬戸が言ってしまう。
氷室の赤ペンが机を一度叩く。「あんた、内線では普通に通話できてる、その紙が目の前にあるのよ。電話機を全部再起動したら、内線は通って外線だけ片通話、っていういま手元にある分かれ方が、全部消えるの。再起動した結果、状態が同じだったとしても、何が消えて何が残ったかが分からなくなる。いま手元にあるいちばん効いている材料は、内線可・外線着信不可・外線発信片通話・登録成功・外向け到達成立、この組み合わせよ。これを生かしたまま、信号と音声がそれぞれどう通っているかを、内側と外側の両方で読み取るのが先」
「えっと……先に再起動を入れると、なぜ内線は通って外線だけ片側に偏っていたかの材料も消えちゃう、です」
「だから、まず、いまの組み合わせを保ったまま、信号と音声がそれぞれどちらの向きで成立しているか、内側で何を出していて、外側で何を受け取っているか、そこを並べるの。信号は両向き通って音声だけ片向き落ちている、その分かれ方を作っている場所は、その並びの中で初めて見える。先に並べてから、必要なら触る」
「つまり、内線と外線、信号と音声、内側と外側、この三つの軸で並べて、どこで差が出ているかを確かめてから、変更を考える、ってことですか?」
「ようやく型になったじゃない」
紙の上に並んだのは、内線相互の通話成立、外線発信時の片通話、外部サービスへの登録成功、境界ルータからの外向け到達成立、顧客接点側の携帯転送による暫定運用。氷室に渡す欄は五つに分かれた。顧客接点窓口への返事は短く済んでいる。
電話は一部が通っている。内線は通常通り使えていて、外線は信号だけが両向き通って、音声は片側だけ落ちている。なぜそこで分かれているかは、信号と音声がそれぞれどう運ばれているかを、内側と外側の両方で読み取らないと、欄のどこにも書き足せない。次に取りに行くのは、その並びだ。