同じ 192.168.1.1 が世界中で重複して使われていても衝突しない仕組み
ここまでで、IPアドレスの形、ネットワーク部とホスト部の境界、その境界位置を短く書く /N の読み方までが、手元でつながった。10.1.50.0/24 や 10.1.255.0/30 を見たとき、どこがネットワーク部でどこがホスト部か、収容できる端末数はどれくらいか、そこまで桁感で読めるようになっている。
ここで、一度、目線だけ切り替えてほしい。構成図から離れて、身の回りの IP 設定を見て回る時間だ。
まず自席の PC。10.1.50.10。いつもの景色だ。
帰宅して、寝る前にルータの調子でも見ようと自宅の Wi-Fi ルータの設定画面を開く。管理アドレスは 192.168.1.1。
翌朝、取引先でゲスト Wi-Fi を借りた。会議室の机に貼られたシールにも 192.168.1.1 と書いてある。
週末にカフェで友人のスマホのテザリングにつなぐ。繋いだ先の管理アドレスは 192.168.43.1。
どこを見ても、同じような番号ばかりが並んでいる。
世界には会社が数億あるはずで、家庭はもっと多い。それでも、日常で目にする管理アドレスは 10.x.x.x か 192.168.x.x のどちらかに寄っていて、頻繁に被っている。これだけ被っていて、なぜ誰も困っていないのだろう。もし本当に衝突していたら、自宅でインターネットは開けないはずだ。
偶然か。事故か。それとも、最初からそういう設計なのか。
この違和感を、ここから順に解いていく。
10.x.x.x や 192.168.x.x は、世界中のあちこちで同時に使われている。組織の内側でだけ意味を持つアドレス(プライベートIPアドレス)だから、重複していい。
重複は事故でも偶然でもなく、1996 年に正式に切り出された 3 つの「組織内専用」範囲の話として、きちんと整理できる動きになっている。


世界中で使える 3 つの「組織内専用」範囲
先に、範囲の事実を置いてしまう。理由は次の章で片付ける。
IPv4 のアドレス空間は全体で 32ビット、桁感にして約 43 億通りある。その中に、IANA(世界の IP アドレスを取りまとめている機関)が「組織内で自由に使っていい」として特別扱いにしている範囲が、3 つある。


上から順に、
10.0.0.0/8— 一番大きな範囲。先頭 1 オクテットが10で固定、残り 3 オクテットが自由172.16.0.0/12— 中間の範囲。172.16.xから172.31.xまでの 16 ブロックが含まれる192.168.0.0/16— 一番小さな範囲。先頭 2 オクテットが192.168で固定、残り 2 オクテットが自由
この 3 つだけが、世界中のどの組織でも、IANA への申請なしに自由に使ってよい。これら 3 範囲以外は、ここではグローバルアドレス側(世界で一意な番号として管理される領域)として扱う。インターネット上のサーバが持つ IP アドレスはこちら側にある。
そして、この 3 範囲こそが、日常で見かける 10.x.x.x や 192.168.x.x の正体だ。自宅のルータの 192.168.1.1 は 192.168.0.0/16 の中にいる。会社の 10.1.50.10 は 10.0.0.0/8 の中にいる。
RFC 1918 の §3 にはこう書かれている。和訳要旨は「IANA は以下の 3 ブロックを、プライベート用途として予約している」。3 範囲の存在は、誰かのローカル慣習ではなく、世界の標準文書に書かれた事実として置かれている。
ここで 1 点だけ、落とし穴を外しておきたい。172 で始まる IP を見たら全部プライベート、と覚えてしまうと後で困る。プライベートなのは 172.16.x から 172.31.x までの 16 ブロックだけで、172.32.x から先はグローバル側だ。他の 2 範囲(/8 と /16)は先頭の数字でそのまま見分けられるが、/12 だけは第 2 オクテットの範囲まで見る必要がある。
プライベートアドレスはこの3範囲だけ。10.0.0.0/8、172.16.0.0/12(ただし 172.16 から 172.31 まで)、192.168.0.0/16の3つで、これ以外はグローバル側として扱う。
なぜ重複していいのか — 内と外で意味が違うから
3 つの範囲があることはわかった。次は、一番知りたかった話に入る。なぜ、この 3 範囲は世界中の組織が同時に使ってもいいのか。
その前に、短く、ひと息だけ考えてもらいたい。
考えてみよう: もし世界中のすべての機器(会社の PC、家庭の Wi-Fi ルータ、スマホ、プリンタまで)に、『世界で一意な IP アドレス』しか使えない設計だったとする。何が起きていただろうか。先を読む前に、5 秒だけ言葉にしてみてほしい。
予想を持ってもらえただろうか。手がかりは、ここまでの話に何度も登場した事実の中にある。IPv4 のアドレスは全体で 32ビット、桁感で約 43 億通り。その一方で、内側でしか使わない機器まで全部を世界で一意にしようとすると、数が足りなくなる。
ここで、RFC 1918 を書いた人たちの発想が効いてくる。
組織の内側にある機器の多くは、インターネットから直接指されるわけではない。社員のデスクトップ PC、家庭の Wi-Fi ルータの設定画面、プリンタ、それらは内側で使えればよく、外から名指しでアクセスされる必要はない。だったら、外から指されないものに、世界で一意な番号を振る必要はないのではないか。
その発想で切り出されたのが、あの 3 つの範囲だ。3 範囲は「組織の内側でだけ意味を持つアドレス」として使う。組織の内側で閉じている限り、同じ番号が別の組織にあっても困らない。
この景色を、2 つの会社を並べて見てもらう。


左は A 社の内側。右は B 社の内側。それぞれの境界の中に、同じ 192.168.1.1 が堂々と存在している。両方とも、自社の内側で使う管理用の PC だ。
ここで、なぜ衝突しないかを、1 行で言い切れる。
境界の外側から、どちらの 192.168.1.1 も直接は指されない。
A 社の 192.168.1.1 は A 社の境界の内側に閉じている。その境界の外では意味を持たない。B 社の 192.168.1.1 も同じ。2 つの 192.168.1.1 は、それぞれの組織の中でだけ意味を持つから、互いを侵さない。アドレスの意味が 組織の内と外で違う、という割り切りだ。
では境界を越えるときはどうするか。外に出る通信は、境界でグローバルアドレス側に翻訳する別の仕組み(NAT) に引き継がれる。NATの具体的な動きは別の話題として残されているが、ここでは 境界でグローバル側に翻訳される という構造だけ手元に置いてほしい。
RFC 1918 §3 の和訳要旨は、「このプライベート空間内のアドレスは組織内でだけ一意である。この空間を使う組織は、IANA やレジストリに申請しなくていい。だから、多くの組織が同時に使える」。
「多くの組織が同時に使える」— この 1 行が、冒頭の違和感にそのまま答えている。自宅の 192.168.1.1 も、取引先の会議室の 192.168.1.1 も、カフェのテザリングの 192.168.43.1 も、全部違う組織の内側にいる。どれもそれぞれの境界の中で完結しているから、同時に存在していい。
組織の内側で閉じているアドレスは、世界で一意である必要がない。だから 3 範囲は世界中で堂々と重複して使われていて、それでも衝突しない。境界を越えるときだけ、NAT という仕組みでグローバル側に翻訳される — その具体的な動きは別の話題として残されている。
3 範囲の使い分け — 桁感で読めば用途が見える
3 範囲はどれも「組織内専用」という意味では同じ。RFC 1918 の中にも、3 範囲のあいだの優劣は書かれていない。どれを使っても、正しく動く。
ただ、桁感は違う。「プレフィックス長が小さいほどホスト部が長く、収容できる端末数が多い」という感覚を、ここで使う。
10.0.0.0/8— ホスト部に 24 ビット残る。組織の中に多数のサブネットを好きに切れる余裕がある。大企業やデータセンターと相性がいい。一般的な企業の構成図でも、10.1.50.0/24や10.1.255.0/30のように、この/8の範囲を内側で切って使っているケースが多い。192.168.0.0/16— ホスト部に 16 ビット残る。一軒の家庭や小さなオフィスなら十分すぎる広さだ。家庭用 Wi-Fi ルータで192.168.1.1や192.168.0.1をよく見かけるのは、この範囲内での各ベンダーの実装慣習の結果で、RFC 1918 が指定したものではない。172.16.0.0/12— ホスト部に 20 ビット残る。/8と/16の間。中規模の企業拠点や、特定用途のセグメントで使われる。
使い分けの本質は、範囲そのものよりも、組織内での一貫性にある。社内で既に 10.x を広く使っているなら、新しいセグメントも同じ範囲の中で切るのが自然だ。既存と明確に分けたい検証用ネットワークなら、あえて別範囲を使ってもいい。RFC 1918 は 3 範囲を並べて置いただけで、選択の自由は組織の側にある。
最後に、この 3 範囲がどこから来たのかを、1 点だけ打って締める。
1996 年 2 月、RFC 1918 が発行された。ベンダー、ユーザー企業、地域レジストリの現場感を持つ人たちが手を組み、「32 ビットをどう使い切るか」という痛みへの応答として、3 つのブロックを組織内専用に切り出した。それから 30 年、世界中のオフィス、家庭、スマホ、Wi-Fi ルータが、この 3 範囲の中で動いている。日常で目にする 192.168.1.1 も、10.1.50.10 も、全部その延長線上の景色だ。
/8 は大、/12 は中、/16 は小。どれも組織内専用。サイズで使い分けは変わるが、役割は同じ。選択の本質は組織内での一貫性にある。1996 年 RFC 1918 以降、世界中のネットワークがこの 3 範囲の中で動いている。
プライベートアドレスは組織内専用で重複が許される
自宅のルータも、取引先の会議室の Wi-Fi も、スマホのテザリングも、192.168.x や 10.x ばかりが並んでいたのは、事故でも偶然でもなかった。1996 年 2 月の RFC 1918 で、10.0.0.0/8、172.16.0.0/12、192.168.0.0/16 の 3 範囲が「組織の内側でだけ意味を持つアドレス」として正式に切り出された、その結果だ。
組織の内側で閉じている限り、同じ番号が世界中に何重にも存在しても衝突しない。境界を越えるときは、NAT という仕組みでグローバルアドレス側に翻訳される。この「組織の内と外で意味が違う」という割り切りが、32 ビットの有限な空間を世界中で使い切るための設計だった。
ここまで、IPアドレスの形、ネットワーク部とホスト部の境界、その境界位置を短く書く方法、そしてプライベートアドレスという例外の枠までが、手元に揃った。
あとひとつ、まだ手の届いていないことがある。今、自分の手元のネットワーク機器がどう設定されているのか、自分の目で確かめる手段はあるか。設定を触る前に、まず現状を読む。その道具 — show ip interface brief の出力の読み解きが、ここから残されている。